花博会場は昔なんだった?海軍道路の桜と整備の理由
*この記事は、一部プロモーションが含まれています。
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「あれ、花博の会場って、昔は何があった場所だったっけ?」
ふと、そんなことを思ったことはありませんか。
名前は聞くのに、昔の姿がうまく思い出せない。そんな場所って、意外とあるんですよね。
私も今回、会場前の道を久しぶりに車で通って、同じことを思いました。
この記事では、そのとき見た景色と、あとから調べてわかったことを、順番にお話しします。
花博の会場、前は何があった場所だったっけ?

2027年の花博は、横浜市の旭区と瀬谷区にまたがる「旧上瀬谷通信施設」で開かれます。
開催期間は2027年3月19日から9月26日まで、区域はおよそ100ヘクタールです。
「旧」とついているとおり、前は別の使われ方をしていた場所なんですよね。
先に答えを言うと、そこは米軍の施設でした。
昭和20年に米軍が接収し、平成27年6月30日に全域が返還された、約242ヘクタールの跡地です。
少し言葉を整理しますね。
「接収」は、軍などが土地を取り上げて、自分たちのために使うことです。
「返還」は、その土地が日本側に返ってくることです。
つまり、昭和20年から平成27年まで、約70年間、米軍が使っていた土地だったんです。
私は昔、夜間宅急便のアルバイトをしていたことがあり、上瀬谷通信施設隣の相沢地区を担当していました。
夜間は真っ暗で不気味な施設で立ち入ってはいけない施設であるとの認識しかなく、上瀬谷通信施設に近づくことは一度もありませんでした。
平成27年に米軍から返還された事も知りませんでした。
ちなみに、242ヘクタールと言われても、広さがピンときませんよね。
東京ドームに置き換えると、約51個分という説明もあります。
この広さが、横浜市内にずっとひとつながりで残っていた。
そう思うと、ものすごく不思議な気持ちです。
久しぶりに海軍道路を走ったら、道が違っていました

ここからは、私の体験です。
先日、花博会場の前を通る道路を、久しぶりに車で走りました。
地元では「海軍道路」と呼ばれている道です。
走り出してすぐ、びっくりしました。
道路が、きれいに整備されていたんです。
私の頭の中にある海軍道路は、片側1車線の道でした。
「片側1車線」は、上りと下りで1本ずつ、合わせて2車線ということです。
そして、道の両側には桜の木が並んでいました。
春になると、その桜が満開になるんですよね。
車で走りながら、花のトンネルをくぐるような気分になれる道でした。
だからこそ、整備された道を見たときは、「あれ?ここ、こんなだったっけ?」と、頭がついていかなかったんです。
片側1車線と桜並木の記憶、渋滞の名所だったころ

もうひとつ、私の記憶に強く残っていることがあります。
この道は、渋滞の名所だったんですよね。
片側1車線ですから、車が増えれば、すぐに流れが悪くなります。
「ここを通るときは、時間に余裕を持たないとな」と、思っていた道でした。
満開の桜はきれいなのに、渋滞はつらい。
うれしさと困りごとが、同じ道の中に同居していたんですよね。
そんな記憶があったので、整備された道を見たとき、ひとつ思ったことがありました。
「もしかして、花博のために広げた工事だったのかな?」
その場では、本当かどうかわかりませんでした。
ただ、そう感じるくらい、道の印象が変わっていたんです。
今思うと、あの道の先には、長いあいだ米軍施設だった広い土地がありました。
私が走っていたのは、そのすぐ前の道だったんですよね。
海軍道路が整備される理由は3つありました

「道が変わったのは、花博のためなのかな」
その疑問が頭から離れなかったので、調べてみました。
すると、整備の背景には、大きく分けて3つの事情があることがわかりました。
ひとつずつお話ししますね。
理由1:花博の会場へのアクセスを、安全で円滑にするため
2027年の花博には、たくさんの人が上瀬谷地区を訪れると見込まれています。
参加者数は、オンラインなどの参加も含めて1,500万人という想定です。
公式情報では、国の関連事業計画の中に、会場へのアクセス交通を安全で円滑にすることや、来場者を運ぶための道路整備が示されているそうです。
つまり、私の「花博のためかな?」という予想は、半分は当たっていたようなんですよね。
車で行く予定の方にとっては、気になるところですよね。
道が整うのは、安心材料のひとつになりそうです。
理由2:桜並木が、老木になってきていたため
ここは、私も知らなかったことでした。
桜並木の側にも、整備が必要な事情があったんです。
海軍道路では、昭和51年頃からソメイヨシノの植樹が始まったそうです。
瀬谷区の区民意識調査では、「瀬谷区を象徴するもの」の2位に選ばれたこともある、地元の自慢の桜並木です。
「ソメイヨシノ」は、お花見でいちばんよく見かける、淡いピンクの桜のことです。
そんな桜並木が、年々、老木化していたんですよね。
横浜市の発表では、毎年の樹木医の診断をもとに、直近10年で平均して毎年20本ほどを撤去せざるを得ない状況だったとされています。
「樹木医」は、木の病気や傷みを診てくれる専門家のことです。
平成23年9月の台風で、桜が倒れたこともあったそうです。
あの美しい桜には、安全面の心配もあったんですね。
理由3:道路を広げて、桜並木を再生するため
3つ目は、道路の拡幅と、桜並木の再生です。
公式情報では、海軍道路を2車線から4車線に広げる計画が示されているそうです。
そして、今ある桜並木をそのまま残すのは難しい、と説明されているとのことです。
これを聞いて、私は少しさびしい気持ちになりました。
片側1車線で、桜が両側に並んでいたあの景色は、もう戻らないということなんですよね。
ただ、桜をなくしてしまう話ではありません。
地域の方々や公募の区民による懇談会で話し合い、土地区画整理事業の区域内では、桜並木を再生していく方向でまとまったそうです。
「土地区画整理事業」は、土地の形を整えて、道路や公園などをつくる工事のことです。
つまり、古くなった桜は植え替えて、新しい桜並木をつくっていく。
そんな流れのようです。
整備の理由を、まとめてみます
3つの理由は、バラバラのことではなく、つながっているんですよね。
- 花博に向けて道を整える。
- 老木になった桜を、安全のためにも見直す。
- その機会に、道を広げて、桜も再生する。
「渋滞の名所だった道が、花博のために広がったのかな」という私の予想は、大きくはずれていなかったようです。
ただ、桜並木の事情まで重なっていたとは、思いませんでした。
なお、整備の内容や桜並木の再生計画は、今後変わる可能性があります。
最新の情報は、横浜市の公式資料で確認してくださいね。
今日できることは、昔の写真や記憶を1つ思い出してみること
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今日、あなたにお願いしたいことは、たったひとつです。
昔の写真や記憶を、1つだけ思い出してみてください。
花博会場のまわりでなくても、かまいません。
昔、出かけた道でも、桜の下を通った道でも大丈夫です。
私にとっては、片側1車線の海軍道路と、満開の桜でした。
思い出してみると、整備された今の道を見る目が、少しやさしくなったんですよね。
昔の景色を知っていると、これから変わっていく景色が、もっと味わい深くなります。
花博に出かけるときも、きっと、ひと味ちがう楽しみ方ができますよ。
あなたの思い出の景色は、どんな道でしたか。